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名古屋高等裁判所 昭和50年(ネ)139号 判決

控訴人

森田銑之助

右訴訟代理人

祖父江英之

被控訴人

中日本建材株式会社

右代表者

日沖素行

右訴訟代理人

山本秀師

外二名

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は別紙物件目録記載の土地建物についての名古屋法務局昭和四六年一二月一三日受付第六一三七一号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人がもと本件土地建物を所有していたこと、右土地建物について控訴人から被控訴人への昭和四六年一二月一一日付売買を原因とする本件登記が経由されていることは当事者間に争いがない。

二ところで被控訴人は、本件土地建物の所有権の取得原因は右売買でなく、同月五日の代物弁済であるが、本件登記申請に際し、登記原因を便宜上売買と表示したにすぎないと主張しているので、まず代物弁済契約について検討する。

三代物弁済の予約(第一次的所有権取得原因)について

〈証拠〉中には、被控訴人主張の代物弁済の予約が結ばれた趣旨の供述部分があるが、これは〈証拠〉にてらしたやすく信用できない。〈証拠〉によると、高島則安と被控訴人代表取締役の日沖素行とは昭和四三年ころから知り合つたこと、高島が代表取締役をしていた寺島工業と被控訴会社とはいずれも建材販売業等を営み、そのころ両会社間に商取引があつたこと、寺島工業は昭和四六年五月二一日ころ被控訴人に対し営業資金にあてるため二〇〇万円の借り入れを申し込んだこと、被控訴人は手持ちの現金がなかつたので、別紙手形目録1、2記載の約束手形二通を寺島工業に交付し、寺島工業はその提出にかかる同金額の約束手形を被控訴人に交付し、融通手形の交換をしたこと、被控訴人は当時将来にわたつて融通手形の交換を継続して行うつもりがなく、右の一回限りであると考えていたこと、被控訴人は寺島工業の資力を信用していなかつたが、高島に対し積極的に担保物件の差入れを要求しなかつたこと、しかし高島は右手形金額が高額であつたので、被控訴人に本件土地建物の登記済証、控訴人作成名義の白紙委任状一通、控訴人の印鑑証明書一通を差し入れたことが認められる。しかし右認定事実だけでは、別紙手形目録1、2の手形に関連して生ずる被控訴人の債権を担保するために、右書類が差し入れられたものと認めることができるにすぎず、被控訴人主張の代物弁済の予約の締結を認定することは到底できず、そのほかに右予約締結の事実を認めるにたりる的確な証拠はない。

四代物弁済契約(第二次的所有権取得原因)について

1  代物弁済契約の締結

〈証拠〉によると、寺島工業は昭和四六年一二月一日ころまでに長村義雄から七〇万円を借り受けたほか、被控訴人の振出にかかる約束手形の割引きを受けて八四万円の債務を負担していたこと、その前から、寺島工業は被控訴人との間で融通手形の交換をし、別紙手形目録1ないし17記載の約束手形一七通の交付を受け、これを手形割引きの方法等で使用したこと、右1ないし10の手形に関しては、右両者ともいずれも融通手形を決済したこと、しかし寺島工業は同月五日運転資金に窮し、その翌日分の手形を決済することが不可能な状態に陥つたこと、寺島工業には資産は皆無であり、その負債は約三、〇〇〇万円に達していたこと、高島は同月六日に寺島工業が倒産することが明らかになり、多数の債権者からの追及を予想し、従来好意的に資金援助をしてくれた被控訴人に迷惑をかけたくないことから同月五日他の債権者にさきがけて日沖に善後策を相談したこと、この際高島は控訴人の代理人と称して、同月一日ころ長村との間で、寺島工業の長村に対する前記債務を支払期日に弁済しないときは、控訴人所有の本件土地建物を代物弁済に提供する旨の停止条件付代物弁済契約を結び、同月四日条件付所有権移転仮登記を経由したので、その旨を伝えたこと、日沖は長村が貸金業者であるから、いつ本件土地建物の所有権を第三者に譲渡するかはかり知れず、そのときには本件土地建物を取り戻すことが著しく困難になるので、それをさけるために、本件土地建物の所有名義を被控訴人に移すように求めたこと、寺島工業は前記11ないし17の手形と交換に振出した手形等を決済することが不可能な状態にあつたので、被控訴人が寺島工業に対し右11ないし17の手形金に相当する債権を取得することになり、かつ寺島工業の依頼により長村に対し前記債務を立替払いすることになつたこと、しかし右債務のうち八四万円は右11ないし17の手形の一部に含まれていたものであるから、被控訴人が取得する債権は合計五四一万円となること、前記のとおり本件土地建物の所有名義を被控訴人に移すについては、もとよりのこと高島と被控訴人は右債権を担保する意味をももたせることについて合意したこと、そして高島は被控訴人に対し、被控訴人が長村に立替払いをするときは、高島が長村に預けていた本件土地建物の所有権移転登記申請に必要な登記済証、控訴人作成名義の白紙委任状、控訴人の印鑑証明書等を長村から直接交付を受けてもよいことを承諾したことが認められ、〈る。〉

以上の認定事実によると、昭和四六年一二月五日控訴人の代理人と称する高島と被控訴人とは、同人において寺島工業に対する右債権の代物弁済として、控訴人から本件土地建物の所有権を取得する旨の代物弁済契約の締結について合意したことが認められる。

2  契約締結代理権の授与について

被控訴人は控訴人が昭和四四年一二月または昭和四六年五月二一日ころ高島に対し本件土地建物の処分について包括的な代理権を与えた旨主張し、〈証拠〉中には右主張に一部そうかのような供述部分があるが、これは〈証拠〉にてらしたやすく信用できず、そのほかに右主張事実を認めるにたりる的確な証拠はない。

3  代理権授与の表示による表見代理の成否

前記認定のとおり高島が昭和四六年五月二一日ころ日沖に対し本件土地建物の登記済証、控訴人作成名義の白紙委任状、控訴人の印鑑証明書等を交付したが、〈証拠〉によると、寺島工業が銀行から融資を受けるにあたり、控訴人は高島からの求めに応じ、右書類を同人に預けたこと、しかし同人は早急に銀行から融資を受けられる見通しがたたなかつたので、右書類を控訴人に無断で流用し、それを前記のとおり被控訴人に預けたこと、そして高島は昭和四六年七月ころ日沖に対し寺島工業が信用保証協会の保証のもとに銀行から融資を受けるため、右書類が必要であるから返してくれと申し入れ、その返還を受けたこと、しかし寺島工業は同年七月二九日長村から金借し、高島は、同日控訴人に無断で、その代理人と称して長村との間で本件土地建物を右債務の代物弁済とする旨の代物弁済予約を結び、同年八月九日所有権移転請求権仮登記を経由したこと、右仮登記申請には、高島が銀行から融資を受けるに必要な書類として預つていた控訴人の白紙委任状および印鑑証明書等を流用したこと、そのころ高島は愛知県信用保証協会および名古屋市信用保証協会の保証のもとに銀行等から融資を受けるべく、関係機関に必要書類を提出していたこと、控訴人は右借入れの申込みのため必要であるとの高島の言を信じ、同人の求めに応じ、そのつど白紙委任状等を交付し、実印を預けたこともあつたこと、寺島工業は愛知県信用保証協会の保証のもとに金融機関から融資を受けられなかつたが、名古屋市信用保証協会の保証のもとに同年一一月一八日ころ銀行から三五〇万円の融資を受け、同日右保証協会のため本件土地建物について根抵当権設定登記を経由したこと、そのころ寺島工業は右金員を長村に対する前記債務の弁済にあてたほか、融通手形の決済資金にあてたことが認められ、〈る。〉

以上の認定事実によると、昭和四六年五月二一日ころ被控訴人に交付された書類は別紙手形目録1、2の手形に関連して交付されたものであるばかりでなく、右代物弁済契約の締結前に、別の用途に使用するため、右書類は返還されたのであるから、右書類の当初の交付をもつて、右契約締結の代理権授与の表示があつたものと認定することはできない。したがつて、右表見代理の主張は理由がない。

4  権限踰越による表見代理の成否

(一)  以上の認定事実に、〈証拠〉を合わせると、右代物弁済契約の締結前に、控訴人は、高島に対し寺島工業が将来、銀行、信用金庫、公庫等の金融機関から融資を受けるにあたり、その場合に限り、控訴人の代理人として、寺島工業の債務を担保するため本件土地建物に抵当権又は根抵当権を設定する契約を締結する代理権を与えたことが認められる。

(二)  以上の認定事実によると、高島は右代理権をこえて本件代物弁済契約を結ぶものということになるので、被控訴人が高島に右契約締結の代理権限があると信ずべき正当の理由を有していたか否かについて検討する。

(1) 高島が当時寺本妙子(控訴人の妻森田節の妹)と内縁関係にあつたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、控訴人は薬剤師の免許を受け、当時製薬会社に勤務し、昭和四九年に定年退職する予定であり、生計の一助として、昭和四四年一一月ころ本件土地上にある本件建物を寺島工業に賃貸したこと、高島は同所を寺島工業の事務所と自己の居宅として使用していたこと、当時控訴人は高島から定年退職後寺島工業に経営者として参加しないかと勤められていたが、それに対する確答をしていなかつたこと、控訴人は寺島工業に対し三〇〇万円を貸し付け、その利息および本件土地建物に抵当権又は根抵当権を設定したことについての謝礼として毎月二万円を得ていたこと、本件建物の賃料は月二万五、〇〇〇円であつたこと、控訴人は前記の名古屋市信用保証協会へ根抵当権を設定したほかに、それより前の昭和四四年一二月二二日寺島工業の国民金融公庫に対する一〇〇万円の貸金債務の担保として本件土地建物について抵当権設定登記を経由し、次に昭和四五年一月二〇日寺島工業の瀬戸信用金庫に対する元本極度額四〇〇万円の債務を担保するため右物件について根抵当権設定登記を経由したことが認められ、控訴人と高島とはかなり親密な間柄にあつたことが認められる。

(2) 〈証拠〉によると、寺島工業は昭和四六年一二月一日ころ長村から金借したこと、高島は控訴人に無断でその代理人と称して長村との間で寺島工業の長村に対する右貸金債務を弁済期に支払わないときは、本件土地建物を代物弁済として提供する旨の停止条件付代物弁済契約を結び、条件付所有権移転仮登記申請に必要な書類を交付したこと、その際予め右仮登記に基づく本登記申請に必要な書類をも交付したこと、右書類中には高島が銀行等の金融機関に差し入れるためと称して控訴人から預つていた控訴人の白紙委任状(乙第一〇号証の六)、その印鑑証明書(同号証の七)、登記済証(乙第一二号証)が含まれていたほか、高島が同じく預つていた控訴人の実印を冒捺して作成した控訴人名義の不動産売渡証書(乙第二号証)、抵当権設定借用金証書(乙第三号証)も含まれていたこと、高島と日沖は本件代物弁済契約の締結に際し、被控訴人が寺島工業の長村に対する債務を立替払いして、長村から右本登記申請用の一件書類の返還を受けて、本件登記申請に流用することを約束したこと、高島から右のいきさつを聞いた控訴人の妻森田節と控訴人代理人の祖父江英之弁護士は同月九日ころ電話で日沖に対し印鑑冒用であり、被控訴人が登記申請の必要関係書類を預ることは無効であり、所有権を取得できない旨通知したこと、しかし被控訴人は同月一一日長村に七〇万円を支払い同人から右書類の交付を受け、同月一三日右書類を使用して本件登記申請をしたことが認められ、〈る。〉

(3) ところで無権代理人が本人所有の不動産についての代物弁済契約を結ぶ場合において、民法一一〇条の正当の理由の存否は、右契約(要物契約)の成立要件からして、右代理人が債権者のためにその所有権移転登記手続をしたとき、又は右登記に必要な書類を債権者に交付してその義務の履行を終了したときに存在する諸般の事情を考慮して判断すべきものと解するのが相当であり(最高裁判所第三小法廷昭和五〇年六月二四日判決、最高裁判所裁判集第一一五号九九頁参照)、これを本件についてみると、前記認定のとおり、被控訴人が本件登記申請の必要関係書類を現実に入手したのは、昭和四六年一二月一一日であるから、すくなくも同日を基準として正当の理由の存否を判断すべきである。

ところで前記認定事実によると、被控訴人は当初から長村に差し入れてあつた所有権移転の本登記申請の必要関係書類を本件登記申請に流用しようとしたものであり、しかも本件代物弁済契約締結の合意のみは寺島工業が不渡手形を出して倒産するであろうことが予想された日の前日である同月五日に、高島が被控訴人から受けた好意に報いる意味でなされたものであるから、右事情を熟知していた被控訴人としては、その合意のできた時点以降において、控訴人に対し高島の代理権限の有無について問い合わせるなどの調査をすべき義務があつたのに、前記書類入手の日である同月一一日までにかかる措置をとつた事跡がないのみならず、かえつて同月九日ころ控訴人の妻森田節と控訴人の代理人祖父江弁護士から電話で高島には控訴人を代理して本件土地建物を代物弁済に供する権限のない旨連絡を受けたのであるから、被控訴人が高島の代理権限の存在について、当然に疑念を抱いたものと認められるのにかかわらず、やはり前記のとおり調査しなかつたのである。このような場合においては、被控訴人が、控訴人と親密な間柄にあつた高島から、本件土地建物の登記済証、控訴人名義の委任状および控訴人の印鑑証明書の交付を受けたいきさつがあつても、高島に代理権限があると信ずるにつき正当の理由があるということは到底できない。したがつて右表見代理が成立しないことは明らかである。

5  代理権消滅後の表見代理の成否

被控訴人は基本代理権の消滅を前提とする主張をしているが、全資料をもつてしても、右代理権の消滅の事実が認められないので、右主張は理由がない。仮に本件代物弁済契約締結の代理権の消滅を前提とするものとしても、その存在および消滅の事実の認められないことは前説示によつて明らかである。

五そうすると、被控訴人が本件土地建物の所有権を取得するいわれはなく、被控訴人は本件登記の抹消登記手続義務を負つているものというべきである。

よつて控訴人の本訴請求を棄却した原判決は失当であつて、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消し、右請求を認容することとし、民訴法三八六条、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(三和田大士 鹿山春男 新田誠志)

物件目録、手形目録〈省略〉

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